2008年5月12日 (月)

教育投資を増やせ?

渡海紀三朗文部科学相は、教育振興基本計画に年間教育投資額をGDP比5%とする数値目標を盛り込むことを決めたという。
何でも、先進国の平均が5%なのに、日本は3.5%で少ないんだそうである。
確かに教育費は惜しむべきではない。だけど、そんな数字だけ並べて「増やせ」ってこたぁ?ないだろう。「こういう教育をすべきで、それにはいくら必要だから増やしてくれ」っていうのがスジでしょう。それを、よその数字見て枠だけ先に決めるってどういうこと?よその国の投資額が高い理由とか、どんな投資をしているのかとか、ちゃんと検証したの?もしかしたら日本が効率のいい投資をしてるっていう可能性だってあるんじゃない?(あくまで可能性)
とにかく、こんなもん数値目標にするな。これが大臣の考えだというから悲しくなるね。

2008年5月11日 (日)

赤ちゃんポスト1年

赤ちゃんポストが設置されてから10日で1年になったという。
赤ちゃんポストは設置した時から、「乳児が捨てられて死亡するのを防ぐ」「育児放棄を助長する」と意見が別れていた。市も設置について国に見解を求め、国も明言を避けるなど、設置が許可されるまでの道のりは簡単ではなかった。
このように世論も分かれ、場合によっては人道的問題にまで発展する重要な問題であるにもかかわらず、設置した慈恵病院はポストに預けられた人数を含め情報を一切公表していないという。市や県には報告しているようだが、我々一般人には状況がさっぱり解らない。マスコミはどうやって知るのか知らないが、これまでにポストに置かれた赤ちゃんの数は、最低でも16人だという。
利用状況の詳細は、今後、国としてこのポスト設置の是非を判断する上で重要な指標になるもの。熊本市では専門部会は非公開で協議しているようだが、市や病院だけで議論すべき内容ではない。市は20日に人数を公表するというが、できる限りの情報を公開し、広く議論が行えるようにしないといけない。

2008年5月10日 (土)

行政は赤字で当たり前?

大阪府の労組と橋下知事の討論の様子がテレビのニュース(ワイドショー?)で流れていたが、あれはすごいね。労組側の非常識さは。行政は民間と違うから赤字で当たり前なんだと。呆れた。空いた口がふさがらないとはこのことだ。
赤字で当たり前なのは、個別のサービス事業単位での話。例えば、公民館の使用料収入と運営費を考えれば、当然、赤字だ。民間ならそうはいかないので、採算が合うようにしないといけないが、行政は利益が目的ではないので、そこは税金で補うことになる。もちろん、税金の投入額が多くなれば、多少の採算性や事業の必要性などが見直されるが、基本的にはそういうことだ。
しかし全体が赤字で当たり前だということは、つまり毎年税金が足りないということ。金は天から降ってくるわけじゃない。足りない分は毎年積み上がり、いつか破綻する。もちろん、住民サービスも続けられなくなる。
こんな簡単なことすら解らないのか、解っていながらテレビの前で平気な顔して屁理屈を言ってるのか。どっちにしてもタチが悪い。
こんな自分たちのことしか考えていない人たちに運営されている府民も災難だ。それとも、どこの自治体も似たようなものなのかな?しかし府議会は今まで何をしてきたんだろうね。

2008年5月 9日 (金)

胡錦涛の早大講演

またまた胡錦涛の話。昨夜、日本テレビのニュースZEROを見てたら、早大で胡錦涛の講演を聞いた数人が「熱意を感じた」などと評価するコメントをしていた。しかし、翌日の新聞を見ると、講演を聞いていた人は事前に招待されていた人だけだそうな。どーりで・・・。しかし、日テレはそれ知ってて報道したのかね?
TBSなら意図的かといぶかってしまうが、日テレはもう少し見識があると思っているので、まあ知らなかったのかな。あるいは、あんまり深く考えていなかったのか。
いずれにしても、胡錦涛が何を言おうが、反日政策や反人権政策、チベット弾圧、軍拡、独裁国家への武器輸出など、中国の実態は変わるわけもない。早大生の講演内容に対する意見として一方的な声ばかりが流れるのは、早大にはいい迷惑だと思ってしまうのだが、余計なお世話かな?

2008年5月 8日 (木)

母親になる環境とは?

民間の国際援助団体「セーブ・ザ・チルドレン」の米国の関連団体の調査結果で、日本が「母親になる環境が整っている国」の31位に順位を落としたと今朝の新聞に出ていた。
調査は146ヵ国が対象。2年前は12位で、今年も女性の平均余命などは上位だったが、国会議員の女性比率が先進国で最低だったことが響いたという。
母親と議員の女性比率に一体何の関係があるんだろう。「女性議員が少ないからお母さんにはなれな?い」って? こんなしょうもない調査、何で新聞に載せるんだろう。

2008年5月 7日 (水)

首脳会談

 中国・胡錦涛国家主席と福田首相との日中首脳会談。案の定、大した成果もなく、逆にチベット政策などでは福田首相が中国の姿勢を評価し、「北京オリンピックは平和の祭典」と援護した。残念だが大方の予想通り。

 ただ、東シナ海のガス田問題では進展があったとか、目処が立ったとか何とか。でも中身は非公表。あの中国が大きく譲歩するとは思えず、まさか、日本がとんでもない譲歩をしたのではないか・・・、と心配になる。

 今回はチベット問題で国際的な非難を受けている胡主席と、支持率低下にあえぐ福田首相という背景もクローズアップされているようだが、今回の福田首相の姿勢は一体誰に支持されるのだろう? 保守派は当然非難しているし、人権団体だって怒っているだろう。親中派は評価するのかな? まあ、支持率のさらなる低下は避けられないだろう。

2008年5月 6日 (火)

胡錦涛来日

中国の胡錦涛国家主席が日本にやってきた。明日5月7日には福田首相と会談するという。
チベット、ギョーザ、東シナ海のガス田など、福田首相が胡主席に突き付けるべき問題はたくさんある。まあ、でも、どうせ大したことは言わず、日中友好色を前面に出すんだろうね。それどころか中国のことを評価する発言をしそうで怖い。もしそんなことになるんなら中国を利するだけ。会談なんかしないほうがマシだ。
中国は4日にはダライ・ラマ14世の特使と協議し、今後も続けていくという。しかし残念だが、これもきっと諸外国を黙らせるための単なるポーズ。恐らく何も進展しないだろう。むしろ、これをわかっていながら、中国への抗議にもともと消極的だった国々がこれ幸いと、抗議を辞めてしまうことがないよう、祈りたい。

2008年5月 5日 (月)

後部座席のシートベルト

 6月1日から、車の後部座席でもシートベルトを着用しないといけなくなる。なんでも、後部座席の人は前列の人にぶつかってケガをさせる確率が高く、サンルーフから飛び出す事例などもあるらしい。

 しかし、そんなに危険なら、なんでそもそも”運転席と助手席はシートベルトをしないといけない”なんていう線引きがされていたんだろう。何も、最近急に危険になったり、後部座席の人がケガをし始めたりしたわけじゃあるまいし。しかも、罰則を受けるのは高速道路だけ。イマイチ”危険度”が伝わってこない。

 ま、しろっていうならするけどね。ちょっと気になっただけ。

2008年5月 4日 (日)

司法のあり方

 去る4月25日、最高裁で精神鑑定の評価について「否定する合理的な事情がない限り十分に尊重すべき」との判断が示された。これについて「裁判員制度に向け国民にわかりやすい指標になる」などと評価する意見が聞かれる。

 しかし、最高裁の裁判長ってのはどれだけ偉いんだろう。この人の判断に、他のほとんどの裁判も従わなくてはいけなくなってくる(直後の渋谷夫殺害事件判決には影響しなかったが)。間接的とはいえ、民意を反映して選ばれた内閣総理大臣でさえ、これほどの権力は持っていないだろう。国民の投票で選ばれた議員が決めた刑罰の適用方法が、一人の裁判長の判断で勝手に決まってしまう。この構造、おかしくないか?

 それに、国民への指標ってなんだ? 元々この制度を取り入れた理由の一つは、一般人の感覚を判決に反映することだったはず。そうであれば、何も最高裁に指標を定めてもらわなくても、一般的な感覚で判断すればいいだろう。

 そもそも、この裁判員制度は導入すべきでないと思っている。何せ、最新の最高裁の調査でも同制度に参加したいと思っている人は15%程度。つまり、8割以上の人がイヤイヤ参加させられるのである。無理やり参加させられるのも問題だが、そんな人に人生を左右する判決をされる当事者(被告や原告、その親族など)はもっとたまらない。

 ただ、裁判員制度が導入されるのは地裁だけで、控訴されれば結局裁判官で決めることになる。これが当事者にとっては救いか。ただ、民間人を参加させる制度としては、いかにも中途半端だ。判決は裁判員6人と裁判官3人の多数決だが、多数の中に裁判官が1人でも入っていないとダメ。何のために仕事を休んでまで参加させられるのか。

 確かに、司法制度の改革は必要だと思うが、何でも変えれば良くなるということじゃないだろう。裁判員制度には問題が多すぎる。

 それでも、メディアはただ同制度の宣伝まがいの報道を繰り返すばかり。凍結や廃止などを訴える報道は聞こえてこない(知らないだけ?)。

2008年5月 3日 (土)

北京五輪「開会式ボイコット」は何のため?

 北京五輪の開会式ボイコット問題が注目を集めている。

 出席すると、”中国のチベット政策への承認”につながるとかつながらないとか。

 しかし、開会式に出席しなかったところでどうなるんだろう?

 それでチベットをはじめ弾圧されている人々の生活が良くなるわけではない。

 中国が恥をかく。しかし、それで中国が「チベット政策を改めよう」と変化するわけではない。むしろ、欠席したことで、「自分たちはしっかり意思表示をしたんだ」という自己満足で終わり、五輪終了後は結局、何もなかったかのように元に戻ってしまうことのほうが怖い。

 今回、聖火リレーでのデモは「開会式に参加するな」とか「五輪を中止しろ」ということが真の目的ではないはず。平和の祭典として開かれる五輪の開催地で、「実はひどい弾圧が行われているんだ」ということを伝え、救いを求めているのだろう。

 ここは、五輪とチベット問題は切り離し、五輪は五輪でキチッと行いながら、その最中も、その後も対策を講じていくべきだ。意思表示の場なら他にいくらでもある。

 それと、「五輪は平和の祭典」というイメージを改める。五輪は「平和だから開ける」のではなく、「平和な地域が多ければ開ける」のであって、五輪が開かれているからといって一部の地域のことを忘れ、「世界は平和だなあ」と勘違いしてはいけないということだろう。

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